今山八幡宮南口参道の石段

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延岡の駅前に昔、蓬莱山とよばれていた今山があります。山頂には日本一の高さ17mの弘法大師銅像、少し下った所に大師寺、中腹に今山八幡宮があり、お参り用に東口(山下町)と南口の2本の参道があります。
写真は南口参道(高千穂通り)の石段です。
この石段は、1本石の御影石が使われていて幅3.6m(2間)、136段あります。これは大正初期、延岡の豪商が京阪神へ延岡近郊の特産物を帆船で運搬・商いをして、帰りが空船の場合、船の安定を保つ目的と八幡神宮に寄進する為に石材を船底に数本ずつ積んで持ち帰ったものと言われています。その為にこの豪商の船は他家の船より安全に且つ早く帰って来ることが出来たそうです。
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石段1本は、約寸で長さ3.6m、高さ18cm、奥行40cmです。それに石段の両脇の石も約半分程は同じ寸法の石が使用してあります。高さ、踏み代とも丁度いい具合に出来ています。
この石段、のちに入口の恵比寿神社を建立する時に嵩上げ整地したので、下部の何段かは埋まっているとのことです。
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写真は、南口 石の大鳥居です。ここに大正7年と刻まれてありますので、この前後に石段の工事が施工されたと思われます。大正3年から7年まで第一次世界大戦があり、戦争特需で日本は好景気に沸いていたと言われていますので、延岡の豪商もこの様な大事業が出来たのでしょう。
下世話な話しになりますが、石材だけでも大変な金額と思われますが、当時重機など無かった時代の工事をどの様に行ったか、どの位金額が掛ったのか興味がわきますね。
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大鳥居の左右に大きな狛犬も据えられています。余りにも大きくて見過ごす人が多いそうです。(これには昭和14年10月祥日と刻)

戦争終結後景気は悪化し、大正12年には関東大震災がが発生する等色々な事があった時代のものです。
延岡も細かく探せばこのようないいものがあります。日本一の石段と言われていますので、是非足を運んで見て下さい。
大鳥居をくぐった左右に少しですが駐車スペースがあります。

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