稲作と勤勉な日本人

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 6月も中旬となり、我家の近くの田圃では、一斉に田植えの準備が始まりました。あと一週間もすると全ての田植えが終了することでしょう。この光景を見ると 昭和46年頃に当時ベストセラーになったイザヤ・ペンダサン著「日本人とユダヤ人」を思い出し、改めて読み返して見ました。この本には日本人の勤勉さの根源が書かれています。遊牧民のユダヤ人と定住農耕民族の日本人を比較し、日本人の長所・短所を鋭く説いています。(この本、もう絶版になっているかもしれません)

『稲作は緻密な計画の基に手際よく行なわなければならない。秋の刈入れから逆算して、春に苗代、梅雨期に田植え、台風前に結実、秋の晴れの日に取り入れのスケジュールは崩せない。なまけていたり暑いからきついからと仕事に精を出さなかったら暮らしていくことは不可能となる。ヨーロッパの遊牧民は我が道を行く生活が当たり前だが、日本の農家は隣近所の農家と同じ様に、朝早くから晩遅くまで、草取り、水の調節、肥料やり等管理が必要で、他と変わった事をすると変な目で見られ地域では生きて行けない環境が良くも悪くも作り上げられて来た』 (これをいい意味で‟隣り百姓„と言っています。)

 よく日本人は真面目で勤勉と言われますが、春夏秋冬と季節がはっきりあるがゆえに、衣食住すべてに経費がかかる事と、何事にも集落や隣り近所に恥をかく訳にはいかない等、勤勉でないと暮らして行けなかったからだと述べています。

『日本人が大きなイベントや建設工事等での計画から実施全てに於いて、緻密で且つスケジュールどおりやり遂げられるのは、中世の日本の人口の85%が農民であり、一千数百年に亘ってこういう訓練を受け続けてきたからである。』と書かれています。

 私にもこういうDNAは少しは流れているはずですが、なまけもので緻密さに欠けているのは永年生きて来たにも拘わらず、何も学習して来なかった罰かもしれません。

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